子どもへの教育理念の1つである『インクルーシブ教育』が現在注目されています。『インクルーシブ教育』とは、障害がある子もない子も等しく学習を行える環境を整えたり、配慮をしていくという目的がありますが、実際には様々な課題があることも現実です。『インクルーシブ教育』の目的や取り組み方、課題、メリット・デメリットも合わせて紹介します。是非参考にしてください。
目次
1、障害の有無にかかわらず等しく教育を学ぶ『インクルーシブ教育』
『インクルーシブ教育』という言葉を耳にした事がありますか?『インクルーシブ教育』とは障害がある子どももない子どもも、その子の特性に応じた学習環境や配慮を行っていき、一緒に学ぶことが出来る教育理念のことを指します。『インクルーシブ教育』を行うことで、障害がある子にとってもない子にとっても大きな効果が期待出来るとして、現在はそれぞれの学校がインクルーシブ教育を行うように定められています。
インクルーシブ教育の『インクルーシブ(inclusive)』とは「包括的な」「包み込む」という意味があり、障害の有無や人種、病気、宗教といった全てを包み込み平等な教育を行うという意味を込められて名付けられています。
インクルーシブ教育では、障害がある子にとっては一緒に学習や学校生活を送ることで社会性やコミュニケーション能力を育むことが出来るというメリットがある一方で、障害がない子も障害に対しての認識の発達や、障害がある人に対してどうすれば良いかといった意識の向上を測ることが出来ます。
双方に大きな魅力があるインクルーシブ教育の目的としては、
①障害がある子も障害がない子も人としての尊厳や意識を向上させていき、お互いを理解しあうことが出来る社会を目指す。共に生きる中で、お互いを尊重し合うこと。
②学習環境や生活環境を整えていき、どのような障害に対しても、才能や想像力、精神的や身体的な能力の発達を促すことが出来る。
③障害がある人であっても社会進出を行い、自立した生活を送ることが出来るようになる。
ということになります。こういった目的を遂げるために、インクルーシブ教育は小学校から取り入れていくことが勧められています。
2、障害がある子を取り巻く日本の教育環境は決して良いものではなかった
現在は障害がある場合でも支援や指導を行い社会的な自立などを目指していきますが、以前の日本では障害がある人に対しての環境は決して良いものではありませんでした。
以前は、障害がある子どもに対して十分な学習機会や環境を与えることがありませんでしたが、明治時代以降になると障害がある子どもにも平等に教育を行っていくという意識が高まっていきました。盲学校、聾学校などが設立され障害がある子どもも学校へ通い教育を受けたり、適切な支援を受けられるようになりましたが、重度の障害がある子どもは受け入れられなかった上に、学習環境も保護者の意思は反映されませんでした。しかし、養護学校が義務化され知的、盲、ろう、肢体不自由といった障害の中でも重度の障害がある子どもの教育もしっかりと保証されることになりました。しかし、当時は障害がある子どもは無条件に教室や学校を別にされており、他の子どもとの交流を測ることは出来なかったので、障害がある子どもを分離・隔離しているという批判が多く出てきました。そういった批判が世界的に多くなり、1981年の国際障害者年では、『全ての子どもが通常学級での学びを』ということに重きを置くことの大切さを唱え、日本の教育でも障害がある子どももない子どもも一緒に学ぶ環境を重視するようになっていきます。この教育理念を『インテグレーション教育』と言います。インテグレーション教育は(統合教育)とも言われますが、多くの問題がありました。同じ障害があっても程度や特性はそれぞれ異なりますので、最適な教育内容は違うはずですが、インテグレーション教育ではそういった配慮はなされておらず、通常学級に配慮がなされないままの障害がある子どもも一緒に学習するようになりました。支援していく手立てがないまま、通常学級に障害がある子を入れて学習するという『統合』のみが求められたために、障害がある子どもが学習についていくことが出来なかったり、いじめや仲間外れにされるという問題が出てきてしまいました。このように、必要な子どもに必要なサポートを行う、という根本的な内容が十分に考えられないまま『統合』を行ったために大きな批判が上がってしまいます。こういった背景がインテグレーション教育に対しての批判を高め、それに変わる概念として提唱されたのが『インクルーシブ教育』です。サポートを行わないまま通常学級で学ぶインテグレーション教育ではなく、障害がある子どももない子どもも必要なサポートを必要な分受けながら、学習や社会性を経験していくインクルーシブ教育がスタートしました。
障害がある人への教育環境は以前は整えられておらず、隔離されて学習を行ったり必要なサポートを受けることなく通常学級へタイピング(投げ入れ)されることがありました。しかし、インクルーシブ教育を唱えられてから、徐々に障害がある人にも必要な配慮や支援を行いながら一緒に学習をしていくという傾向になってきています。インクルーシブ教育を通して、障害の有無の関わらずお互いを尊重していきながら、一緒に学べる環境を整え構築していくことが今後の教育に求められています。
3、インクルーシブ教育での具体的に行われる取り組みとは
インクルーシブ教育は一人一人の発達や特性に合わせたサポートを行いながら、障害がある子どももない子どもも一緒に学び成長していく教育理念ですが、実際にはどのような取り組みが行われているのでしょうか?
①多様なニーズに応えられる教育環境の整備
インクルーシブ教育を行うためには、教育環境の整備は必要不可欠です
通級指導教室や特別支援学級といった、それぞれの障害や特性の程度に沿った学習環境を用意していくと共に、それぞれの学級を行き来出来るような体制を整えていくことや、専門的な指導や支援を行うことが出来る教員の加配といった教育環境を整えていくことは、インクルーシブ教育を実現していく上で非常に大切です。
特に学校内の基本的な環境を整えていくことは、現在の日本の小学校、中学校の大きな課題です。目が見えない・弱視の子どもが校内を歩く時に、必要な点字ブロックがなかったり、肢体不自由で車いすの子どもが在籍しているのにも関わらずスロープやエレベーターがなく階段しか設置されていないと、一緒に学習を行いたくても、物理的な問題が邪魔をしてしまい難しくなります。障害の有無に関係なく自発的に行動や学習を行えるように、基本的な教育の場の環境整備を行っていくことがインクルーシブ教育の実現の大きな一歩になります。
②一人ひとりの特性に合わせた『合理的配慮』を行っていく
インクルーシブ教育を行う際には『合理的配慮』が必要になります。『合理的配慮』とは一人一人の特性に合わせた支援や配慮を行っていくことで、インクルーシブ教育の根本になります。障害がある子もない子も、その抱えている特性によって困難な場面に遭遇してしまったり、つまづきが生じてしまわないように個人に合わせて調整を行ったり、変更を行っていきます。
活動内容を把握しやすくするために1日の流れを図案化したり、拡大鏡などを使用して学習を行ったりと、その子どもの障害の特性を理解した上で、学習方法や環境を随時変更したり調整していくことが『合理的配慮』です。
インクルーシブ教育では、基本的な学校内の環境整備に加えて合理的配慮を行っていくことが大切になります。
このように、学校内の基本的な環境整備と合理的配慮を充実していくことが、インクルーシブ教育を実現するためには必要になります。特に合理的配慮は新しい概念になりますので、今だに合理的配慮について十分に理解している学校や教育委員会、本人、保護者が少なくなっているのが現状です。基本的な環境整備に加え、合理的配慮に関してもしっかり充実させていくことが大切になります。
4、インクルーシブ教育は万能な教育理念ではなく課題も多い
インクルーシブ教育は、障害がある子どもにとっても、ない子どもにとっても魅力ある教育理念ですが、実際には課題もまだまだ残されています。
今後はインクルーシブ教育の課題を、しっかりと整えていくことが障害がある子どもとない子どもが共に成長してくことへ繋がります。
では、インクルーシブ教育の課題とはどのようなものがあるのでしょうか?
【基本的環境整備が行えていない学校が多い】
インクルーシブ教育で大切になる教育環境の整備ですが、現在の日本の小学校や中学校ではまだまだ整えられていないのが現状です。例えば、視覚障害がある子どもが自分だけで校内を歩いて目的地へたどり着けるように、点字ブロックを引いたり、段差をなくしたりとバリアフリー化しなければなりませんが、多くの学校は未だに整備は不十分と言えるでしょう。
また、肢体不自由の子どもがどの階の教室へも行けるようにするためには、スロープやエレベーターを設置しなければなりませんが、この環境整備も行えている学校はごく少数です。このように、インクルーシブ教育を行うために必要な環境整備が行われていないために、自発的に活動・行動を行うことが困難なケースが多く存在します。環境を整えることは、全ての子どもが等しい教育を受けるためのスタートラインになりますので、充実していくことが大きな課題になります。
【合理的配慮について理解不足で配慮が行き届いていない】
こちらもインクルーシブ教育を行う上で、重要になる合理的配慮ですが、先ほど述べたようにまだまだ合理的配慮という概念の理解が広まっておらず、本人や保護者だけでなく、教育委員会や教員でも理解不足なのが現状です。
合理的配慮は『それぞれの個人に必要な配慮や変更、調整』ですが、今日本の教育現場で行われているのは一般的な特別支援での配慮にとどまっていることが多くあります。例えば、話言葉のみで理解するのが難しい発達障害がある子どもに対して、紙にわかりやすく内容を示したものを用意したり、イラストで伝えるなどの配慮を行い活動に参加出来るようにしますが、この配慮がなされず参加が出来ないのであれば、それはインクルーシブ教育にはなりません。合理的配慮を行っていくことで、初めてインクルーシブ教育を進めることが出来ます。
また、合理的配慮を行う上では人員不足も深刻な課題です。支援や配慮が必要な子どもに対しての教員をつけることが出来ず、大勢の様々な生徒を教員1人で見ていている状態です。担任1人ではなく、コーディネーターや、複数教員などと教諭が密に連携していくことで合理的配慮の効果を発揮できることになります。
インクルーシブ教育を実現していくためには、現在の基本的な環境整備や合理的配慮をしっかりと行えるようにしていくことが大きな課題です。全ての子どもに教育を行うために必要な整備や人員の加配など、細かい内容に関してデータベース化し共有したり、充実していくことが大切です。
5、インクルーシブ教育のメリットデメリットまとめ
インクルーシブ教育には大きなメリットがありますが、その反面デメリットも存在します。では、メリット・デメリットについて解説します。
【メリット】
①障害がない子どもが、障害について理解が深まり、偏見や差別的な感情が解消しやすい。
②お互いに相手がどのような事を欲しているか、サポートを行えばよいかを学習や生活の中から学ぶことが出来る。
③学習面だけでなく、生活面でも様々な刺激を受け取り成長していくことが出来る。
④思いやりや相手を尊重する気持ちを育むことが出来る。
インクルーシブ教育を行う大きなメリットは、通常学級に在籍している子どもと障害がある子ども等が一緒に学習を行ったり、生活を共にしていく中で、障害に対しての偏見や差別を減らしお互いに尊重することが出来るという面です。障害がない子どもが障害がある子どもと一緒に生活をしていくことで、障害に対して理解を深めていき、サポートの仕方や障害の特性などを学ぶことが出来ます。それと共に、障害がある子どもが障害のない子どもと一緒に学校生活をしていく中で、コミュニケーション能力や社会性を学んだり、周囲から様々な刺激を受けて自発的に活動に取り組む意欲も培うことが出来ます。
インクルーシブ教育を行うには基本的な環境整備や合理的配慮をきちんと整えていくことが重要になりますが、障害の有無に関わらずお互いに刺激し合い理解を深め見えない壁を取り払うことに繋がるのは大きな魅力になるでしょう。
インクルーシブ教育を行うことによるメリットがある一方で、デメリットも存在します。インクルーシブ教育でのデメリットは以下になります。
【デメリット】
①サポートを行う子が出来てしまうと負担が重くなりがちである。
②低学年の場合だとインクルーシブ教育を行っても、障害がある子ども本人が苦痛に感じてしまうケースがある。
③授業が遅れてしまったり、障害がある子どもがいた時に落ち着いて学習を行えなかった経験が増えると、『〇〇(障害がある子どもの名前)がいるから進まなかった』と、障害や本人に対して悪いイメージを持ちかねない。
④平等に学習するための基本的な環境整備を行うためには、莫大な設備投資がかかってしまう。
⑤合理的配慮の理解が不十分だと、適切な配慮を行うことが出来ない。
インクルーシブ教育のデメリットは、課題にもあるように合理的配慮の理解が不十分であるために、一般的な特別支援学級などの同じ支援や配慮になってしまいます。インクルーシブ教育は通常学級で一緒に学習しますが、発達障害でも注意欠陥多動性障害(ADHD)のように授業中集中が続かない特性がある子どもがいる場合には、授業を中断してしまうこともあり、それに対して悪いイメージを持ってしまう可能性もあります。ですので、こういったデメリットが起きないように、学校内の環境整備や専門的な知識がある教員の加配などを行っていくことが大切です。
また、日本の小学校や中学校で基本的な環境整備が行われていない背景として、エレベーターやスロープなどを全ての学校に設置するとなれば、膨大な資金が必要になってしまいます。数多くの学校を整備するには時間と設備投資が必要になることもデメリットの1つと言えるでしょう
6、まとめ
このように、インクルーシブ教育は障害がある人にも障害がない人にも平等に教育を受けることを理念としており、それを実現するために環境整備や合理的配慮を行っていくことが大切です。インクルーシブ教育は1994年にスペインの会議で新しい考え方として提唱され、現在日本だけでなく世界中で広まりつつあります。
インクルーシブ教育はまだまだ課題も多く、日本では完璧に実現しているとは言えないのが現状ですが、課題を改善していき本当のインクルーシブ教育を行っていくことで全ての人が共に尊重し助け合うことが出来る社会が訪れます。誰もが平等に生きていくことが出来る社会を創っていくためにも、インクルーシブ教育の実現が重要になります。